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子育てママのダイアリー no.3 マタニティライフ・・・・・≪あるワーキングマザーの自分史 (2)≫

掲載日:2012年08月13日 スタッフブログ, レポート, 育児休業・育休後

子育てママのダイアリー no.3
マタニティライフ・・・・・
≪あるワーキングマザーの自分史(2)≫

母は22歳で私を産みました。助産婦さんの「力を入れて」の掛け声と共にツルリと生まれたと聞きました。
私が8歳の時に妹が生まれました。出産前夜、母が私の外出用の手編みのバックを作ってくれました。編み終えると産院に連絡を入れ、翌朝に入院。夏休みの出校日から戻り、妹の誕生を知りました。母は、随分と落ち着いた妊婦さんでした。
その間母は流産や死産を繰り返していました。あれは4、5歳の頃、大人の眼を盗んで亡くなった赤ちゃんを見に行ったことがありました。暖かな縁側に毛布にくるまって寝かされていました。そうっと毛布を開けました。妹でした。
こんな記憶もあります。
赤ちゃんの亡骸を火葬場に向けて運びだす時の情景や仏壇の白い小さな骨壷。

こんな思い出を母と話したのは、長女の出産前後の手伝いを母に頼んだ時のことでした。
会社勤めをしていたあの頃は1時間を越える通勤の後、食事の仕度をすることも難儀でした。
予定日の6週間前からただ出産のことだけを考える生活に入って本当にほっとしました。
母に家事一切を任せきりました。3度の食事を気にする生活があれほど有り難いものだったとは。
「この辺りでも土筆が見つかったよ。知らなかった?」母は川べりや空き地を歩き山菜を摘んできては食膳に並べました。子供の頃に馴染んだ料理を頂き、母と世間話をする。こんな時間がよかったのか、長女は3,227グラムと小柄な私にしては大手柄の元気な赤ちゃんとして誕生しました

さて、4回目の妊娠となるお腹の赤ちゃんとの生活もいよいよ終盤に入りました。胎動も活発。定期的な超音波検診で身体の様子や女の子ということもこの眼で確かめました。至って順調でしたがここに来て成長が急に小さくなったそうです。たぶん未熟児で産まれることになるだろう、帝王切開の可能性も高いと先生は言われます。これも高齢出産のリスク?胎盤の働きが衰えてきたのでしょうか。

父が母に「すぐに行ってやれ」と言ってくれたと聞きました。私にもしものことがあったら娘がかわいそうと繰り返し語っていたそうです。父の実母は4歳の時亡くなっています。私達も父の継母を祖母と呼んで育ちました。「お父さんが”母親を亡くした者しかわからん”と言うのよ」。
母親の存在は重たいもの。そして、姉妹と呼べる相手のいることも。現代の医学では未熟児も十分に育つと先生も言われます。心配はない。時の満ちる日まで心静かにに過ごそうと思います。(1996年3月 Y.T)

 

このダイアリーの1ヶ月後に、次女が誕生しました。(未熟児ではありませんでした)
この時、私は母の流産死産の思い出を追想しています。
母は流産死産を繰り返していましたが、「ゆっくり休むこともなかった」とは言ってはいても、愉快な体験談として話してくれたことだけが記憶に残っていて、私は流産死産に対してとても無知で鈍感でした。
いざ、自分が体験すると「そんな笑い話じゃない…」、愕然としました。
それとともに、幼い自分が眼にした光景のひとつひとつが蘇り、母の本当の姿が見えてきました。
飲む子のいないお乳を搾る姿、そのお乳を流した真っ白になった庭の側溝。
死産は確か2度ありました。流産は幾度も…。
ですから、私には流産・死産は誰にでもあるものという意識だけが残っていました。

10年程前に「流産・死産の体験者の本が出版された」というニュースが流れた朝のことをよく覚えています。
「流産が辛いって言っていいことだったの?」と思いましたが、『誕生死』というこの本の扉は何年も何年も開くことができませんでした。

私が自分自身の流産の体験と本当に向き合うことができたのは、今年になって「流産・死産 グリーフケア研究会」や「ポコズママの会さいたま交流会」に参加させていただいてからです。
私が流産を体験してから、もう20年以上の時間が経っているのですが、皆様の体験の言葉が自分のことを言っているように心に響きました。時代が変わり、医学や社会も大きく変化しているはずなのに、体験者の感情は共通であることに改めて驚きました。
そして、私自身が「本当は辛くて、哀しかった」ことをようやく受け入れることができました。
今は全国に「流産・死産、新生児死」の自助グループや支援組織がネットワークされ、インターネット上では同じ体験を持つ女性たちのブログや掲示板もたくさんある時代となりました。

プティパでも、「流産・死産を経験した女性たちのピアサポート」を呼びかけています。
これは、「哀しい時に哀しいと言い、辛い時に辛いと言える場」、「ともに聴くピアがいる」、そういう地域でありますように…という思いが出発点です。

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