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子育てママのダイアリー no.4 マタニティマーク・・・・・≪あるワーキングマザーの自分史(3)≫

掲載日:2012年08月18日 スタッフブログ, メッセージ, 育児休業・育休後

子育てママのダイアリー no.4
マタニティマーク・・・・・
≪あるワーキングマザーの自分史(3)≫

babyinme[1]※平成10(1998)年頃に書いていたダイアリーです。
先日、新聞の投書欄に主婦の方から、シルバーシートを巡って、「外から見えぬ障害ある人も」と題するこんな意見が寄せられていました。
「シルバーシートに座るべきお年寄りや障害者の方にバッジを、とのご提案を読みましたが、ほかにも立ったまま、つらい思いで電車に乗車している方は、多いのではないでしょうか。臨月近い妊婦などは別ともありましたが、実は臨月以上に妊娠初期に安静が必要な切迫流産気味の女性が多いことを、自分の経験を通して知りました。」「外見は健康そうに見えても、病を抱えている人もいるのではないでしょうか。」「立っているのが本当につらい方が坐るのであれば、理由を限る必要はないと思うのですが。」
(朝日新聞「声」欄「外から見えぬ障害ある人も」大内真子さん:平成10年5月4日)

これは、8年前の私の思いそのものです。しかし、当時はこの女性のように声には出せず、だだ悶々と悩むばかりでした。
私のつわりはそれほど重くはなかったのですが、片道約1時間の通勤は、大変の連続でした。満員電車にもまれているうちに、嗅覚も鋭くなっているのか、スーツにこもったタバコの匂いやお化粧の香料がだんだん耐えられなくなり、気分が悪くなってきます。ひと駅ごとに下車してベンチに座り込む日もありました。吐き気を押さえられずに、途中駅の周辺を人目につかない場所を求めて歩き回ったこともありました。座席を譲っていただいたのは、わずか数回だけ。むしろお腹が目立っていくほどに、「そんな身体でどうして満員電車に乗るのか」と多くの視線が言っているように感じられました。

電車だけではありません。階段も道路の段差も、身体が重くなるにつれ、恐くて仕方ありません。
やっとの思いで会社にたどりついても、都心のオフィスには、休養のとれる場所もない。
ダンボールを敷いて、横たわっていたこともたびたびでした。
私は結婚して10年間、子供が出来ず、初めての妊娠は、3ヶ月で流産しましたから、再び授かった生命だけは何とか守り通したいと必死でした。
妊婦や母親であること、これは、良識では、人生の至福の体験です。このような体験を障害として捉えることは、現実に心身に障害をお持ちの方々には、抵抗を感じられ、お叱りを受けることなのかもしれません。私たちの困難は、そんなものではないと・・・。

「外から見えない障害者」としての妊婦の頃、私も妊婦バッジがあったらと思っていました。
でも、「高齢者だから、席を譲る。バッジを付けているから、座席に座れる」のでは余りに哀しい。目の前にいる人の表情から、「どうしたのだろう。辛そうだな」と感じ取り、「大丈夫ですか」と声を掛ける、あるいは「苦しいので、助けてください」と当事者も声をあげる、ということが出発点なのではないかと思い始めました。
そんなあたり前のことを何も考えずに自分も生きてきたのではないか。社会のルールに合わせること、認められること、それに向かって努力すること。その頑張りの先に自己実現があると、歩いてきたのではないか。
個人の努力だけではどうしようもない生きづらさに直面した時、ひとりひとりの自己実現の願いのために支え合う社会でなければならないのではないかと考えるようになりました。そのために社会もまた変化すべきなのではないかと。

障害は誰にだってある。
何らかの条件の変化で、これまで通りの活動が出来なくなった時、社会への参加を阻むあらゆる障壁を「障害」と言うのではないでしょうか。
ひとりひとりの「障害」の内実は様々です。これを解決していくためには、ひとりひとりの状況に合わせて、取り巻く環境をひとつひとつ整えていかなければなりません。
でも、社会は頑なです。その厚い障壁の前では、ささやかな自己実現の願いも萎縮してしまいがちです。
でも、ひとりひとりの自己実現の願いを受け止めることから、バリアフリー社会は始まるのではないでしょうか。
当事者が困難を声に出し、周囲もまた、それを受け止めるところから、すべては自己実現の願いから始まるのではないでしょうか。

元会社員、主婦、母親という生活者の眼で、この国の社会福祉を眺めていく、今はこれしか出来ない私です。
誰もが当事者。
誰にだって障害はある。
その思いを共有するところから、行動するひとりでありたい。
それが私のささやかな願いです。(1998年 Y.T)

私の勤務していた会社や同僚の皆さんは、出産や子育てに挑戦する私を心から応援してくださいました。IT社会の一歩前の時代でしたが、工夫できることは全て試すこともできた、恵まれた境遇だったと思います。でも、仕事に「参加」するための環境を整えて行くことは、いろいろな調整も必要ですから、体調も気遣いながら、周囲に理解を求めていくことはとても労力が必要でした。

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日本にも育児休業に関する法律ができて20年以上経ちました。
地方自治体はもちろんのこと、従業員が100人以上いる企業も「次世代育成支援行動計画」を作って、仕事と家庭の両立が実現する社会にしていこう、という流れです。
マタニティマークも、「BABY in ME」が1999年に日本(世界でも?)初のマタニティマークとしてスタートし、2006年から厚生労働省認定のマークができました。
私たちひとりひとりか、法律やマークに込められた「権利」や「精神」を理解して、守り育みあう世の中でありたいものです。

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