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なかまカフェ La Vie「流産・死産を経験した女性たちのピアサポート」2013年6月21日開催報告

掲載日:2013年06月23日 スタッフブログ, ピアサポート, レポート, 流産・死産

流産・死産を経験した家族のピアサポートなかまカフェ・流産・死産を経験した女性たちのピアサポート                        
「まさか、こんなことが起きるなんて・・・」。
プティパは、流産や死産はという思いもよらない出来事を体験された皆様に「哀しみをひとりでかかえないで」と呼びかけ、気持ちを言葉にする場を持ち続けています。

10回目の6月21日(金)は、4人の方をお迎えし、それぞれのご体験をわかちあいました。
遠いS県H市からお越しくださったAさん、A県での哀しみのご体験後埼玉で暮らし始めたBさん、3月の会にお越しくださったCさん、Dさんです。今回はDさんの上のお子様Kちゃんのご同行も皆様がご了解くださいましたので、Kちゃんの伸びやかなお声を傍らに聴きながらのグループとなりました。

参加者様のメッセージをご紹介させていただきます
みなさんの体験を伺い、自分の体験を語る中で気持ちを整理することができました。PSWとしての学びと自分の体験を結び付けることができた貴重な機会となりました。あれも、これも、沢山やりたいことがあるのが人間、エゴイストではないという言葉に救われました。
とにかくあたたかい雰囲気がよかったと思います。私は話がしたかったので質問されたりするのも心地よかったです。何でしょうか?自然な雰囲気でした。気が合いそうな方がいらしたので、また、お会いしたいな…なんてことも思いました。
どこかで気が張っていたり、周りに気を遣ったり、頑張っている自分がいて、糸がピンと張っている気が最近していました。今日は、そういう自分と向き合ったり、皆さんのお話を聞きたいと思ってきました。来て良かったと思います。やっぱり辛いんだなということ、例えば、周りの人の妊娠や出産が羨ましかったりすることは、人間なんだからあたり前なんだなと実感できました。受け入れて、無理しないでやっていきたいです。
田村さんがお子様を出産されたときの、赤ちゃんをお預かりするという話や母体は宿り木であるなど、違った角度からのお話で素敵でした。そういう感覚を持てると私は妊娠、出産に対して肩の力が抜けていいなぁと思いました。また娘が幼稚園にバスで通いだしてから、人と話す機会がなくなり(それはそれでいい面もあるのですが)、機関銃のようにしゃべってしまいました。参加者の方は次の妊娠に向けて前向きに考えてらっしゃって、勇気をもらいました。ただ、妊娠期間中は不安も大きいと思いますので、妊娠期間注の心のケアの会みたいなものがあると、頑張れるかなぁと思いました。(もう、そのような取り組みの会はあるかもしれませんが)

今回の主な話題です。
あの時、ああしていなければ、命は守ってあげられのかも…と自分を責めてしまいます。
子どもとお別れした日。お別れするまで。お別れしてから。それぞれの体験。言葉にできなかった気持ち。
「産む」という体験を知ってしまったからこそ、新しいいのちを育みたいのです。
「妊娠の可能性について、あと〇〇」と医師に告げられ、迷う時間はないのに、心はついていけません。
妊娠・出産・子育てと自分の好きな仕事との優先順位をつけるべきか悩みます。
日々の暮らしが少しずつもどってきて、次の妊娠を…と願う一方で、亡くなった子どもに申し訳ないという感情で揺れてしまいます。
流産・死産の哀しみを語れる会に通っています。
流産・死産の体験に理解ある専門家から貴重な助言をもらいました。
自分の体験を知っている子ども支援の専門家に、「今度頑張ればいい」と軽い言葉を言われたことでの傷つき。
まもなく予定日だった日を迎えます。同じ頃に妊娠した知人の出産報告はやはり辛いです。などなど…。

≪プティパからのメッセージ≫
スタッフの流産、出産体験から20年を越える時間が流れ、参加者の皆様の多くは先進的な産科医療のもとで妊娠・出産の機会を持たれていますが、喪失のご体験を巡る’哀しみ’は共通であることに毎回驚きも覚えます。
医学の進歩により、生命科学の見地から”これからの妊娠の可能性”について具体的な示唆も受けられる時代となりました。しかし、それは子どもを産む性としての自分の生き方について、待ったなしの自己選択・自己決定を問われることにもなります。
流産、死産の体験は、その原因は特定できないとは言われますが、いのちを育みきれなかった母としての自責感情が、”哀しみ”の大部分を占めてしまう時期があります。妊娠期間の自分の生活のあり方を問い、生き方そのものが否定されたような逃げ場のない苦しみが、糸車からがひきだされる絹糸のようにぐるぐると心を覆っていきます。お別れしたいのちのことを思えば思うほど、ぐるぐると長くなる糸にからめとられるような辛さです。
いろいろな流産・死産のご体験を伺っていくと、本当に同じ出来事はありません。「産科」という入口をくぐりながらも、「出産」とは別のコースに分かれてしまったいのちと女性・家族を守ってくださるものは何なのでしょう。医療現場の中で繰り広げられる「医療」の言語や対応。その言語では聞きとれない、語ることができない、「いのち」と向き合う体験をした、異文化体験者の哀しみが重なります。
少しずつ戻ってくるお仕事や日々の暮らし。ふつうに暮らす感覚が戻ってくる一方で、自分の身体だけが知っている妊娠、流産・死産の目まぐるしい日々の感覚がフラッシュバックしてきます。
参加者様に「お茶をしながら、気軽におしゃべりする雰囲気」という感想をいただき嬉しかったです。「なかまカフェ・流産、死産を経験した女性たちのピアサポート」は、哀しいことを哀しいと言える場所です。たくさん涙が流れる場面もありますが、泣いたり、笑ったり、いろいろな感情があるのが人間。今回スタッフは、3歳のKちゃんと楽しく遊ばせていただいていましたが、参加者様が初めてあったその日からうちとけて心から話したいことを話しあってくださるご様子は本当に感激でした。また、Kちゃんのご同行も皆さんが歓迎下さって、皆様の優しさが伝わりました。
昔の女性たちは、どのようにしてこの哀しみを越えていかれたのかといつも思います。きっと民家の縁側で、井戸端で、哀しみに寄り添りあう場面もたくさんあったのではないでしょうか。「なかまカフェ」は、そんな縁側になれれば幸いです。
「なかまカフェ」のお約束は、それぞれの違いを認め合いながら、つながっていくことです。その心を皆様が受け入れてくださることに、心から感謝しています。

写真は、baby-tears 天気の涙 世界一小さな花を咲かせます。
花言葉は、変わらぬ愛

「まさか、こんなことが起きるなんて・・・」。
流産や死産は、思いもよらない出来事。新しいいのちの宿りや赤ちゃんとの対面への期待が膨らむ日々が一転、喪失という体験に向き合うことになるのです。
プティパは、「子どもを宿した時から、’母’としての新しい人生がはじまる」と考えています。8週、27週、そして40週であっても、ひとつのいのちの母であると・・・。
今育てているお子様がいるかいないかではなく、いのちを宿した経験を持つ女性、ご家族にも必要なご支援があると思います。

≪information≫
次回のなかまカフェ「流産・死産を経験した女性たちのピアサポート」は、7月19日(金)に開催します。→詳しくはこちらをご覧ください。

≪感謝≫
流産・死産経験者で作るポコズママの会」様のサイトに毎回の開催情報を掲載いただいています。毎月、本当に有難うございます。

「なかまカフェ」は、一条工務店志木住宅展示場モデルルームの一室をお借りして開催しています。木の香りの中で、「哀しみの体験」という深いお話を静かにお聴きすることができます。毎月本当に有難うございます。

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